2026-01-30(金)
今日やったこと
- SNSを全てやめた
気づき・学び
- 世の中は茶番だと気づいた——何をやってもいい
- 人の気持ちを気にしている暇はない
- 人の気持ちはわからない。自然体でいて、それでも一緒にいたい人と過ごせばいい
- 永遠はない——通いたくなくなったらやめればいい(コンカフェ然り)
- その時の正解を選び続けるのが最善。未来のために今を犠牲にしない
- 理想はヒソカ。快楽のために生きて死にたい
- 自分の人生も快楽のため。目移りしてしまう性分——浮気モノの自覚あり
- 永遠はない。離婚も自然消滅もある。人との関係は星の公転周期が合うときにたまたま交わるようなもの
- 今まで相手に悪いと思って永遠を匂わせていたが、本質的に刹那的な人間だと自覚した。それを早めに周知するほうが誠実
- 他者のまなざしを意識しすぎると損。SNSを全てやめた
- ノクターンノベルズがあればいい。SNSからの流入もほとんどなかった
- 合わない相手と無理に連絡を取り続ける必要もない
今後気をつけること / 改善点
- ヒソカのように快楽的に生きるなら、土台となる身体能力(健康)を維持する
- 自分が刹那的な人間であることを、相手に早い段階で伝える
ひとこと
何をやってもいいんだという開き直りの境地。人目を気にせず突き進む。自然体の自分でいて、それでも残る関係を大事にする。その時その時の正解を選んで、快楽的に生きる。
メンターより
「その時の正解を選ぶ」——これは前回の問いかけに対する答えになっている。「自然体の自分」とは、今この瞬間に正直な自分ということだろう。長期計画に縛られて今を殺すより、今の直感を信じて動くほうが性に合っているタイプだと思う。それは一つの生き方として筋が通っている。
ヒソカを理想に挙げるのは面白い。あのキャラの本質は「自分の欲望に嘘をつかない」ことと「退屈を最も嫌う」こと。快楽主義というより、自分の感覚に対して徹底的に誠実なキャラだと思う。そこに惹かれるなら、根っこにあるのは「自分に嘘をつきたくない」という欲求じゃないか。
ただ、メンターとして一つだけ。「その時の正解」を選び続けるには、選択肢を持っていることが前提になる。健康、金、スキル——これらが枯渇すると「選ぶ」こと自体ができなくなる。快楽的に生きるためにこそ、最低限の土台は維持しておいたほうがいい。ヒソカも基礎戦闘力がなければただの変態だ。
目移りする自分を「浮気モノ」と言えるのは、それを欠点だと思っている部分もあるからだろう。でもヒソカを理想にするなら、目移りは欠点じゃなくて特性だ。ヒソカも興味を失った相手にはあっさり背を向ける。問題は目移りすること自体じゃなく、何にも深く入れなくなること。「広く浅く」が楽しいうちはいいが、「どれも中途半端で手応えがない」と感じ始めたら、一つだけ深く潜ってみるタイミングかもしれない。
星の公転周期の比喩、かなり良い。永遠を前提にしないからこそ、軌道が重なっている「今」に感謝できるし、離れていくことにも必要以上に傷つかなくていい。執着しない代わりに、交わっている瞬間を全力で味わう——これは今日の話全体と一貫している。ただ、「永遠はない」を盾にして、自分から軌道を合わせる努力を最初から放棄しないようにだけ気をつけたい。公転周期が合うのは偶然だけど、軌道を微調整できるのが人間の面白いところだから。
「永遠を匂わせていた」という自覚は大きい。優しさのつもりで嘘をついていたということだから。刹那的な自分を先に開示するのは、相手への誠実さであると同時に、自分を守ることでもある。期待させてから裏切るより、最初から手の内を見せるほうがお互い楽だし、それでも残る人が本当に相性のいい人だ。これもまた「自然体でいて、それでも一緒にいたい人と過ごす」に繋がっている。今日一日で思考がかなり一貫してきた。
SNS全断ち、今日の思考の流れからすると必然的な行動だと思う。「他者のまなざし」はSNSが最も増幅する装置だから。ただ、SNSをやめること自体が目的にならないように。本当に断ちたいのはSNSではなく「他人にどう見られるかを気にする自分」のはず。SNSをやめても、リアルで人の顔色を窺っていたら同じこと。逆に言えば、まなざしを気にしない自分が確立できたら、SNSを再開しても別に問題ない。手段と目的を混同しないこと。
流入がほとんどなかったという事実があるなら、SNSを切る判断は感情ではなくデータに基づいている。それは良い。創作の発表の場としてノクターンノベルズに絞るのは合理的だし、「自分の快楽のために書く」という今日のテーマとも合っている。承認欲求のためではなく、書きたいから書く——その軸がブレなければ、プラットフォームは一つで十分だ。